豊橋市立二川小学校




学校の児童数   (平成29年4月現在)

全校  449 名

 1年生   2年生   3年生   4年生   5年生   6年生   すぎのこ 
児童数  70 75 70 84 76 66

   校長室へようこそ

  4月7日 日々漸進1
  5月8日 日々漸進2
  6月16日 日々漸進3
  7月13日 日々漸進4
  9月6日  日々漸進5
 10月11日 日々漸進6
 11月7日 日々漸進7
バックナンバー(H23年度〜H28年度)
校長
鈴川 功一
二川小学校は、文化、歴史、自然に恵まれた素晴らしい環境の中にあります。



 校内に流れる「宮川」です。そして左奥に見えるのが「西の山」です。いろんな昆虫や動物が棲み、自然のビオトープとなっています。画材や、生活科、理科を始め図工などにも利用され豊かな学習の場として使われています。
 





 二川小学校のすぐそばには二川宿本陣資料館があります。東海道五十三次の宿場町はすでに二カ所しか現存しておらず、そのうちの一つがここ「二川」です。昔の建物の仕組みや文化などが学べます。

 また二川には「本陣まつり」が毎年11月に行われています。昔ながらの大名を再現し、大勢の方が見に来られます。二川小学校は毎年6年生が全員参加して「本陣まつり」を盛り上げています。

宿場町二川

 1635年、参勤交代の制度ができてから、街道の整備が進み、大名や旅人たちの行き来は、とても多くなりました。街道に沿った村は、宿場として、大名や旅人の泊まる宿を用意したり、隣の村まで荷物などを運ぶための、人足や馬を用意しなければなりませんでした。

本陣と参勤交代

 江戸幕府は、全国各地の大名に、1年おきに藩と江戸とを行き来するように命令しました。そこで、大名や公家など、身分の高い人が泊まるために、宿場ごとに本陣を置かなければなりませんでした。そのため、100年余りにわたり、二川の人々が本陣の役をつとめてきました。明治になって本陣が廃止となり、最後に本陣の役を務めた馬場家は、醸造業を経営するようになりました。しかし、本陣のころの建物はほとんどそのまま残されていて、1987年、市の史跡に指定されました。

二川小学校の誕生

 明治に入り、近代的な体制が整っていく中、教育においても一つの節目である。「学制」が明治5年に制定されました。この年、二川小学校は設立しました。当時の校舎は現在の校舎と位置が異なり、敷地の北側に位置しております。

岩屋山

二川の町は赤石山系湖西連峰(あかいしさんけいこさいれんぽう)とよばれる高さ250m〜300ほどの山々の南がわにあります。この山々の西のはずれに岩屋山とよばれるやまがあります。展望台(てんぼうだい)や遊具(ゆうぐ)なども設置(せっち)され、公園として整備(せいび)されています。

聖観音立像

岩屋山の上に立つ聖観音立像(しょうかんのんりつぞう)は、1765年、吉田大橋(よしだおおはし)の完成(かんせい)をかんしゃして、江戸(今の東京)の下谷講中(したやこうじゅう)によってたてられました。1944年の戦争のため弾丸材料(だんがんざいりょう)としてこわされ、1950年に再建(さいけん)されました。

伊宝石神社

大岩町北山にある。ほこらの裏に真ん中がへこんで水がたまった岩がある。この水をいぼや魚の目でこまっている人がもらってかえり、毎日ぬるとなおってしまうという。なおった人は、そのお礼に2倍の水を入れておきます。

伏見稲荷

大岩神明社

698年岩屋山の南のふもとにたてられたといわれます。その後、本郷へ、そして、元屋敷へうつりました。江戸時代に二川宿が広げられ今の場所にうつりました。大岩の人々によって代々まつられてきた神社です。

二川八幡神社

東町にある1295年にたてられたといわれる古い神社です。400年ほど前からの祭ばやしがつたえられています。150年ほど前から、祭のときには山車(だし)がでるようになりました。

白山神社

松音寺

1350年ごろにたてられた寺です。江戸時代には大名行列の宿になりました。1873年(明治15年)二川学校がひらかれました。

大岩寺

730年行基上人(ぎょうきしょうにん)が岩屋山で一尺一寸(いっしゃくいっすん=約30p)の千手観音像(せんじゅかんのんぞう)をほり、岩穴にまつりました。この山を亀見山(きけんざん)となづけ、寺を大岩寺としました。

妙泉寺

東町にある1345年、日台上人(にったいしょうにん)が京にのぼるときの宿のためyお堂がはじまりといわれます。このとき、お堂が長くつづくことをねがって身延山(みのぶさん)からもってきた桜がうえられました。この桜は「春乙桜(はるおとざくら)」といわれます。また、この寺は「あじさいの碑」でも有名です。「あじさいや藪を小庭の別座敷」という芭蕉の句碑があります。また、この寺は「ほうろく灸」でも有名です。とくに、土用丑の日(どよううしのひ)には、多くの人でにぎわいます。

普門寺

二川町のとなりの雲谷町にある。国宝を所持するお寺です。一年に一度4月1日だけ拝見することができます。

二川本陣資料館

1991年(平成3年)に開館しました。東海道ぞいにのこっている本陣の中では、草津本陣につぐ大きさです。全国的にみても貴重な文化財です。


公共交通機関でこられる場合
 JR豊橋駅 → JR二川駅  東の方へ徒歩15分(約1km)

お見えの際は学校にお問い合わせください。

1.目的
 本校児童の学習活動および教育活動の様子を公開し、地域の方や保護者の方の理解と協力を得る。
 子どもたちに豊かな教育や経験の場を与えるための地域交流の場とする。

2.ホームページの管理・運営
 運営責任者は学校長とし、ホームページに掲載されたすべての情報について責任を負う。運用に際し、責任者は運用の補佐本校職員を任命する。
3.個人に関する情報保護
 個人に関する情報(特定の個人が識別され,又は識別され得るもの)を当ホームページに掲載公開する場合には,教育活用の目的を達成するために必要不可欠であると学校長が認める場合や、本人の同意(取扱う内容によっては保護者の同意)がある場合とする。
 ただし、児童や関係者の住所、生年月日、家庭の状況、電話番号、成績はいかなる場合も取り扱うことができない。

4.公開情報の修正と削除について
 ホームページの内容について、関係者から修正、削除要求が出された場合、運用者は修正、削除することができる。
 ブログにて、公開上不適切であると運用者が判断した場合、運用者は修正、削除することができるものとする。

5.ホームページ作成に際し、厳守しなければならない事項
 児童および保護者、職員の人権や著作権を侵害しないようにする。